|
その日は・・・酷く蒸し暑い夏の日だった事を、ルリは思い出していた。 <2201年8月・サセボ共同墓地> 「・・・アキト・・・・・さん・・・・・」 ルリは墓参り用の水入れをその手から落とす。 水入れは木の音を響かせ、石の地面に落下する。 そして・・・・・ 「・・・・疲れたな。」 その音とほぼ同時に、アキトは一言呟きを漏らし、血みどろの体を石造りの地面に打ち付 けた。 機動戦艦ナデシコ 〜シングルorダブル〜 第零話 妖精の散るとき <2203年8月・ネルガルジャンプ実験場> 『・・・・疲れたな・・』 ルリは自分の体に無数に食い込む銃弾を感じながら、安らかな微笑を浮かべ呟いた。 急速に視力を失いつつあるその目には、自分に対し憎しみを滾らせた人々の姿が映る・・ 『約束・・・・・守りましたよ、アキトさん。ユリカさんは・・・・もう大丈夫・・・』 <2201年8月・サセボ共同墓地> 「・・・・ひさし・・・・ぶりだね。ルリちゃ・・・・ゴホ・・」 「アキトさん!!」 血の世界を形成している墓地の一角で、ルリは倒れたアキトを抱き起こす。 アキトの倒れた付近の情景・・・・大量の死体が、この場で何が起こったのかを鮮明に物 語っている。 「・・・・・運命とは・・・・面白いね。久しぶりの再会なのに・・・・・・もう、お別 れだ。」 「アキトさん・・・・貴方は!・・・・」 「・・ごめん、君の・・・・出番を作ってしまった。必死に・・・・・・・頑張ったんだ けどね。」 「もう!もう喋らないでください!!!これ以上は・・・・」 「・・・・・ルリちゃん。お願いがある・・・・」 「・・・え?!・・・は!はい・・・」 「ユリカを・・・・」 「!」 「・・ユリカを・・・・頼む。俺は・・・・・アイツの王子様には・・・・なれなかっ・ ・・・・た・・・・・・・・・」 「!・・・あ・・・・・・・・・・い・・・・・・・あ・・・・・きと・・・・・・・・ あきとぉぉ!!」」 ルリの腕の中で死んだテンカワ・アキト。 それは、ルリにとって酷く優しくて、残酷な大切な人の死。 『その日から・・・・私は夢を見続けた。』 「降伏してください。さもなくば・・・・・死にます。」 血気に燃える火星の後継者残存勢力を、ルリは沢山殺した。 「もう!いい加減にしてください!艦長!おかしいですよ!!」 泣きながらルリを諌めたハーリー達・・・しかし、その言葉に一向に耳を貸さず、徹底的 に火星の後継者残党勢力を駆逐するルリ。 その姿に、沢山の大切な人々が・・・・・ルリから離れて行った・・・・・・ ルリは、ユリカが安心して暮らせる世界を作りたかった。あの時の、アキトのお願いを聞 いてあげたかった。 その為に、ルリは自分の心を殺した。 <2203年8月・バーケメコ> 「今日は・・・・何時も以上に飲むんだね。」 バーケメコの雇われママ、マキ・イズミは自分の店の一番の常連に言った。 その常連客・・・・ホシノ・ルリは、そんなイズミの言葉に、一瞬グラスを持つ手を止め、 そして少しの微笑みとともに言葉を返す。 「・・・今日は・・・久しぶりに『嬉しい事』が有りましたから・・・・」 ルリはその言葉とともに、グラスの中の液体を一気に飲み干した。 その18歳と言う年齢を無視し、彼女はもう1年以上も酒を飲み続けていた。必然、飲み 馴れによる摂取の仕方をしてしまう。 「・・・ピッチ、早いよ。」 そんなルリに、イズミは何時もの様に少しだけ注意を促した。 しかし、ルリの飲酒を止め様とは思わない。今の彼女は、イズミと同じ人間なのだから・ ・・・・ 過去を、必死に誤魔化して生きている・・・・・・ 「・・良いんですよ。」 ルリはイズミの忠告に笑った。 そして、ぽつぽつと自分が久しぶりに上機嫌なのか、訳を話し始める。 「漸く・・・・・・ユリカさんの再婚が決まりました。ユリカさん・・・やっと過去を振 りきってくれたんです。」 「・・・・成るほど。アンタとは違うって訳だ・・・」 「・・・でも、私も漸く楽になれます。あの夏の約束・・・・果たせましたから。」 ルリはイズミの皮肉にも、微笑みとともに返答した。 マキ・イズミとホシノ・ルリ。 二人は、親友だった。 大切な人に全て去られたルリに残った最後の理解者、同じ傷を持つ物同士・・・・ しかしルリは、その親友にすら最後に一つだけ隠し事をした。 それは、明日に控えた擬似A級ジャンパー・ジャンプテストに自分が参加すること。 そう・・・ルリは新たな遺伝子改造を受けていた。その改造はアキトのデータを元にされ た改造・・・・ そして、そんな被験者となった自分が・・・恐らく二度とこの店には来ないであろう事を ・・・・ 「ご馳走様、イズミさん。」 勘定を済ませ、店を後にするルリ。 その後姿は、マキ・イズミが見た最後の後姿だった・・・・・ <2203年8月・ネルガルジャンプ実験場> ルリの擬似A級ジャンパーテストの日、それは皮肉にもユリカの結婚式と同じ日であった。 もっとも、ルリはユリカの父、コウイチロウから式に出席するのを控えてくれと言われて いた。また、出る気も無かった。 今のルリが行っても、それはユリカの幸せに影を落とすだけだからだ。 ルリは着換え用にあてがわれたロッカールームでジャンプ測定用のスーツに着替える。 そして、脱ぎ捨てた服とともに、一通の手紙を添え置いた。 それは、ルリの元を去って行った人々に対する詫び状である。 「・・・・・・・何かを・・・求めるのには、私は不器用過ぎた・・・」 ルリは最後の最後に、自分に対する恨み言を呟く。 そして、その手に火星の後継者ラボから押収し、この2年間手放す事の無かったペンダン ト・・・アキトの両親の形見であり、アキトの形見であるペンダントを握り締め部屋を出 た。 【「ずいぶん、ゆっくりとした登場なのね。ホシノ・ルリ。」】 実験開始時間ぎりぎりの登場に、責任者のエリナ・キンジョウ・ウォンは些か不機嫌そう に言った。彼女とルリの関係も・・・あまりよくは無い。 それも・・・・・今日で終わる。 「・・すいません。エリナさん。」 ルリは素直に謝った。 【「え?・・・まあ、良いわ。」】 最近見られなかったそのあまりに素直な返事に、少々毒気を抜かれるエリナ。 しかし、直ぐに気を取り直すと、彼女は高らかに宣言する。 【「では始めるわよ。テスト・スタート!」】 エリナがテストの開始を告げ・・・・ほぼ同時に、施設の西側警備網は火星の後継者残党 の強襲を受けた。 爆発音が響き、その音に反応したエリナは素早く状況を確認、ルリにも状況を話す・・・ 【「ま、いくらなんでもこの中心部までは来れないでしょう。宇宙軍も警備に当ってくれ てるし・・・」】 エリナは状況がそれほど憂いる事ではないとを楽観した。それは仕方の無い事だったのか もしれない。ネルガルには独自の強力な警備組織があったし、今回の実験には宇宙軍も立 会として警備兵を出していたのだ。しかし・・・・ 「・・・いえ、来ますよ。」 それに対して、ルリは呟く。 そして、その呟きを証明するかのように、西側通路の扉は盛大に爆破、破られた。 【「な!西側警備は何をしていたの!?」】 あまりにあっけない賊の侵入に、責任者のエリナが激昂する。 もっとも、それはルリにとって十分予測の範囲であった。西側の警備を宇宙軍が買って出 たのを知っていたからだ。 皮肉にも・・・・・・その警備指揮を取っていたのはマキビ・ハリとタカスギ・サブロウ タである事も。 宇宙軍はルリの暗殺を決定していたのだ。 ルリは予想通りの宇宙軍の手引きに何の感傷も抱かない。なぜなら自分は沢山の人を殺し すぎた。 その事を、ルリは良く理解していたから・・・・そして、自分の取った行動は『目的の為』 には絶対に必要だった事も。 破られる扉、侵入してくる火星の後継者最後の残党。 そう、自分は彼らに殺され、彼らもその罪により全員死刑・・・・これで、ユリカの幸せ に影を落とすであろう存在は全て消える・・・ ルリは強く、アキトの形見のペンダントを握り締めた。 その存在が・・・ルリをアキトの元に連れて行ってくれる・・・そんな気がするから・・・ 【「何してるの!さっさと逃げなさい!!」】 一向に逃げ様としないルリに、さすがに目覚めの悪さを感じたエリナがマイク越しに叫ぶ。 「・・・・やっと・・・・終わるんですよ。」 呟くルリ。 その言葉がエリナに届いた時・・・・エリナがルリを理解したとき。ルリの体は銃弾の洗 礼を受けた。 ・・・・アキト・・・・ テンカワ・アキト 私を・・・人形から人にした人 私を妹のままでいられなくした人 私に・・・・思いを抱かせた人 私に・・・・想いを捨てさせなかった人 「やっと・・・・・貴方の処に・・・・・」 最後の瞬間、ルリは生涯最高の微笑を浮かべた。 計測用のカメラに映ったルリのその表情は、とても安らかな微笑だった。 そして、同時にその姿はボース粒子となって消える。テレメーターは、ルリの心臓停止を ハッキリと観測していた。 その日・・・星は、流れた。 天の川に向かって・・・・・・・・ NEXT |